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棚田つうしん 第13号 2004(平成16年).9.3・4号  

棚田つうしん
2004.9.3・4 サミット特集号
 
第10回 全国棚田(千枚田)サミット
      9月3日(金)・4日(土)、佐賀県相知町(蕨野棚田)で「全国棚田(千枚田)サミット」が
〝日本の「農」と「食」を見直そう!棚田からの提案〟をテーマとして開催された。
     全国各地から約700人が参加し、これまでのサミットでの諸活動を振り返るとともに、
     今後の活動についてその方向性を話し合った。

 各分科会は  
① 棚田サミットの10年 ~サミットの軌跡と展望~                                      
② 棚田米の販売戦略を考える
③ 棚田での資源循環型農業とフィールド教育
④ 棚田の景観 ~石積みの美・土坡の美~
⑤ 棚田発・農業観の転換
をテーマに、各パネリストを中心に参加者全体の活発な意見交換がなされた。  
 また、大会初日には「第12回全国棚田サミット」が、〝日南市・坂元棚田〟で開催されることが、正式決定された。


 いま評判の、トラック・バスのリコールでお馴染みの〝三菱・ふそう社製の飫肥レンタカーマイクロバス〟は「15人のサミット参加者」を乗せ、その限界に挑戦するかのように〝驚異的な韋駄天振り〟を発揮し、いつも通りに陽気に騒いでいる〝O崎、K口、T口〟の「かしまし元娘」以外の人達の〝若干の不安〟をよそに、涼しい顔でハンドルを握っているのは、赤/白ボーダーのマンシングポロシャツを着た〝すっかりオシャレな日高茂信ツーリズム会長〟だ。「ファイアーマンでもある日高会長」は、「徳之島の闘牛」より〝赤い色に闘志が湧く〟らしく、予定の時間をはるかに上回るハイペースで突き進み、やむなく「吉野ヶ里遺跡」に寄り道した。


〝悠久の弥生時代のロマンの風〟など一切感じることもなく、ひたすら工事車両ばかりが目に付くことにブツブツ文句を言いながら、サッサと退散し、「道の駅・厳木」で昼食を摂った。
各々が、うどん、そば、ラーメン、おにぎりなど無難なメニューを注文する中、谷口さんは「早くくるから」という理由でカレーライスを注文したが、一番後回しにされ、ブツブツ言いながら誰よりも早く完食し〝面目〟を保った。そんな谷口さんを尻目にサッサと食べ終えた尾崎さんは、立ち上がるときにテーブルに手を着くつもりが、食器の入ったお盆に手をついてしまい、〝ガラガラガシャーン〟と派手にひっくり返してしまい衆目の注視を一心に浴びたが、そこは「ミラクルパワーの尾崎さん」食器は一枚も割れることなく、恒吉会長の靴に水が少しかかるという被害を最小限にとどめた。そんな、平謝りに謝っている尾崎さんを尻目に、川口夫人は誰のためなのか、両手いっぱいに〝おみやげ〟をかかえ、ニコニコ笑っていた。「恐るべし・かしまし元娘パワー」
である。
 「道の駅・厳木」は、クルクル回る〝白い作用姫の立像〟と、スタッフの心のこもった接客態度が爽やかで印象的でした。
そんな〝テンヤ・ワンヤ〟の道中でしたが、サミットのメイン会場に〝ドウニカ・コウニカ〟無事到着できた私達は、会場入り口で日南市役所・安部さんから、入場整理券と首からぶら下げるネームプレートを渡され「よそ行きの顔」で入り口に向かったが「恒吉会長」が行方不明なのに気づき、大慌てで探し回ったが見つけられず、やむなく入場しようとした時会場の中から恒吉会長が「ちょっとトイレに言ってくるわ」と言いながら出てこられた。〝アラマ・と思っている私〟を気にする様子もなく飄々と歩いていかれる後姿を見ながら〝ホッ〟とした。
それにしても、入り口を「顔パス」で済ませる貫禄はサスガなのである。

 午後1時から〝サミット開会式〟が行われ、「主催者の挨拶」、「偉い人々のお話」の後、古川康佐賀県知事の〝棚田保全・活用」をテーマにした、特別講演が行われた。若き知事の棚田に対する思いを簡潔に熱く語られる見事な講演でした。  
      
 午後3時から行われた〝蕨野棚田ミニウォーク〟では、大型バス14台に分乗した参加者達が「実り多い壮大な蕨野棚田」を満喫した。

 八幡岳の中腹に拓かれた蕨野の棚田は、「大平」「石盛」「南川原」「下ノ木場」「九郎谷」の五つの谷から成り、「三反の田」と呼ばれる田の石積みは8,5mもあり、日本で最も高い棚田の石垣である。また、草刈用の足場となるよう放面の石を突出させたり、用排水のための暗渠などさまざまな工夫がなされていて、先人の苦労が偲ばれる。棚田における石積み作業は、「手間講」と呼ばれる共同作業で行われ、ほぼ全ての農家が参加していた。



蕨野棚田の規模は耕作面積・45.4ha。枚数・1050枚。農家戸数51戸。収穫量・40t(平均)の日本有数の大規模な棚田である。

午後6時30分から社会体育館で開催された〝全体交流会〟で「15人のサミット参加者」は、〝遠慮〟という言葉とは〝七代前の先祖がキッパリと縁を切った〟ような強引さで丸テーブルを乗っ取り、それまで出番のなかった〝かしまし元娘〟はそれぞれの得意技をいかんなく発揮、尾崎さんは各屋台から全てのメニューを次々と獲得し、それを谷口さんがお腹の中に片付けていた。誰よりも社交的な「川口夫人」は、各テーブルを訪れては一面識もない方々に〝自爆テロ〟を仕掛け、おとなしく〝ゴマ豆腐〟を食べている私に「棚田学会に入りましょう」などと、のたまい「学会アレルギー」のあるイタイケな私を見て理由もなく大笑いしていた。その後開かれた「交流会二次会」では、〝ビデオの伊豆さん〟が「隠し技」の〝南京玉すだれ〟を披露し、ヤンヤの喝采を浴びた。また、坂元の地元農家から参加されていた〝若手の石灘さん〟も美声と歌唱力で会場を魅了した。
とにもかくにも、「小さな小さな坂元棚田」から参加した私達はケッコウ目立っていた。 「間違いない!」

 9月4日(土)に開催された各分科会では、棚田の保全に向けテーマごとに活発な意見交換がなされた。
私が参加した「棚田サミットの10年~軌跡と展望~」では、早大中島名誉教授がプロジェクターを使ってわかりやすく説明して下さり、頭の回転がゆっくりな私にでも十分理解できた。
また、各パネラーの経験談も大変参考になり、あらためて「勉強不足」を痛感させられた。
棚田を取りまく状況は極めて厳しく、早急な対策が求められるが個々の取り組みでは限界があります。もっともっと各地の取り組みを学び、活動の幅を広げたいと考えています。
 上平さん、「かしまし元娘」が参加した会場で何があったのか定かではないが、三人組は元より日ごろ「物静かな上平夫人」までもが異常に興奮し、懸命に話していたが何のことかサッパリわからず、「私達は勉強してきましたヨ!」という、充実感及び満足感だけはビンビン伝わってきました。今度落ち着いたらゆっくり聞かせてください。


帰路に、小城町の〝江里山棚田〟に寄ったがあまり「エッヘンな棚田」ではなかった気がした。

★10月の予定は、日南市役所から知らせて貰います。
        
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by tnd8585 | 2005-12-21 14:32 | 棚田つうしん | Trackback(1) | Comments(0)
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