<< 棚田つうしん 第16号 200... 棚田つうしん 第14号 200... >>

棚田つうしん 第15号 2004(平成16年).11.21号  

棚田つうしん
2004.11.21号

【生ムギ事件】
文久2年8月21日(1862年9月14日)
薩摩の島津久光が幕府改革の朝命を伝え京都へ戻る途中、相州生麦村(現横浜市鶴見区)を通過の際、たまたま川崎大師見物に行こうとしていた英国人4人が乗馬のまま行列の前を横切った。
彼らのこの行為を〝無礼〟だと怒った薩摩藩士が4人に切りかかり、1人が死亡、2人が大怪我をし、命からがら横浜の公使館に逃げ帰った。
 事件を知った横浜在住の英国人達は激昂し、島津久光一行を追撃し報復すべきだと騒ぎ立てたが、英国人代理公使によって強硬案は退けられ、外交交渉によって問題の解決を図ることになった。
 英国と幕府との事件処理に関する交渉は、翌年1月に持たれた。英国側の主張は、日本政府が条約に基づく外国人保護の義務を果たさなかった責めを負って正式に謝罪すること。英国国民の生命財産を将来にわたって保護することの確約。生麦事件の賠償として10万ポンドを支払うことからなり、薩摩藩に対しても犯人の逮捕と処罰、2万5千ポンドの慰謝料の支払いを求めた。
この結果、幕府は事件を穏便に解決するため賠償金を支払うが、薩摩藩は犯人が不明であるとしてこの要求を拒否した。このため英国は薩摩藩に報復すべく軍艦を薩摩湾に派遣、暴風雨の中、英国艦隊と薩摩の陸上砲台の間で激しい砲撃戦が展開された。 こうして「生麦事件」は「薩英戦争」へと発展していくことになった。
 この戦闘以後、薩英はお互いの評価を改め親密感が生まれた。英国公使は、幕府に変わって薩摩などの雄藩が連合政権を作ることを期待し、薩摩や長州を応援するようになる。

【生ハム事件】
平成16年6月某日(2004年6月某日)
坂元棚田オーナー倶楽部の重鎮、川口夫人がいつもの思い付きで宮崎県宮崎市(旧日向の国宮崎村)の自宅で大胆にも「生ハム」を作ることを固く決心した。
夫人のこの行為を「無謀」だと非難する家族に対し、万事「楽観主義」を貫き通す夫人は、「大丈夫、大丈夫。心配ご無用!」などと何の根拠もなく言い放ち、家族の要望を気にもとめなかった。
 事件を知った家族全員はあわてふためき、すぐさま中止すべきだと騒ぎ立てたが、〝酒谷地区散策探検隊副隊長兼・さらにものしり博士の川口さん〟が交渉役を引き受け、問題の解決を図ることになった。
 夫婦間の事件処理に関する交渉は即日にもたれ、家族側の主張は、過去のさまざまな出来事に基づく身体的、精神的安全の保障を強く求めたが、元来「楽観主義」を貫く夫人は聞く耳を持たず、交渉は難航をきわめた。
この結果、家族は事件を穏便に解決するため「生ハム作り」は認めるが、安全の保障が得られないとして「食べることは断固拒否!」した。このため製作責任者の川口夫人がその全部の「生ハム」を一人で食べることとなったがそのことに対し誰も同情しなかった。こうして「生ハム事件」は「家族戦争」へと発展することもなく無事終焉した。
 この後、「生ハム」を一人で全部平らげた川口夫人は、「健康に何の問題もない」と胸を張ったが、そのことが安全の参考にならないことは誰もが知っている。

オーナー畑だより
11月21日(日)午前10時から「定期石垣清掃」がおこなわれました。
当日は、絶好の〝石垣清掃日和〟に恵まれ、恒吉会長をはじめ稲田、石橋、湯前各ご夫妻、福永、小林の各オーナーと地元から谷口久馬さん、日高会長、石灘さん、古沢さんご夫妻が加勢して下さり「オーナー畑2」の整地とタマネギの苗の植え付け作業が行われた。
例によって、久馬サン所有のトラクターを福永さんが運転し〝怒涛の寄り身〟を見せたが想像以上の〝石ころ〟の多さに難渋。「石拾い部隊」の奮闘で事なきを得、「一見キレイな畝」が見事に完成した。

「オーナー畑2」では、ダイコン、こまつな、キャベツ、たかな、ネギ、いちご、タマネギ、そらまめ、エンドウマメ、はつか大根
等が植え付けられています。これだけ植え付けてもまだ半分ぐらいの空きがあります。植え付けと収穫は早いもの勝ちです!。適当な時期に来て収穫し、ついでに周囲の草取りもお願いします。

「オーナー畑1」の蕎麦は、種まき時の大雨とその後の大型台風3連発の襲来で壊滅状態です。残念!。
昼食後開かれた「オーナー会議」は、市役所・安部さん、野辺さん、谷口由記子さんも加わり、活発な意見交換がなされ、次年度は「石垣積み」の完成と「炭焼き窯」の製作。「オーナー畑3」の整地をすることが決められた。
 私たちが参加している「棚田オーナー制度」も3年を経過し、充実すると同時に問題点もいくつか見えてきています。それらを早期に解決するには、「市役所担当者」、「地元農家」、「オーナー」が同じテーブルで意見交換する必要があるのではとないかと感じています。〝棚田サミット〟に向けて、何が必要なのか考えてみたいと思っています。
 
忘年会のお知らせ
12月5日(日)の「収穫祭」のあと、午後4時ごろから「日高茂信・憩いの民家」で「オーナー倶楽部忘年会」を開催します。
参加希望者は、「道の駅・野辺さん」まで連絡してください。

※拙者、先日「男前になろう」と散髪に行き、髭を剃って貰ったが、ついでに鼻の頭も剃られ〝顔面血だらけ〟になってしまった。切腹!。
[PR]
by tnd8585 | 2005-12-21 14:52 | 棚田つうしん | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://tnd8585.exblog.jp/tb/2404559
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 棚田つうしん 第16号 200... 棚田つうしん 第14号 200... >>