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棚田つうしん 第15号 2004(平成16年).11.21号  

棚田つうしん
2004.11.21号

【生ムギ事件】
文久2年8月21日(1862年9月14日)
薩摩の島津久光が幕府改革の朝命を伝え京都へ戻る途中、相州生麦村(現横浜市鶴見区)を通過の際、たまたま川崎大師見物に行こうとしていた英国人4人が乗馬のまま行列の前を横切った。
彼らのこの行為を〝無礼〟だと怒った薩摩藩士が4人に切りかかり、1人が死亡、2人が大怪我をし、命からがら横浜の公使館に逃げ帰った。
 事件を知った横浜在住の英国人達は激昂し、島津久光一行を追撃し報復すべきだと騒ぎ立てたが、英国人代理公使によって強硬案は退けられ、外交交渉によって問題の解決を図ることになった。
 英国と幕府との事件処理に関する交渉は、翌年1月に持たれた。英国側の主張は、日本政府が条約に基づく外国人保護の義務を果たさなかった責めを負って正式に謝罪すること。英国国民の生命財産を将来にわたって保護することの確約。生麦事件の賠償として10万ポンドを支払うことからなり、薩摩藩に対しても犯人の逮捕と処罰、2万5千ポンドの慰謝料の支払いを求めた。
この結果、幕府は事件を穏便に解決するため賠償金を支払うが、薩摩藩は犯人が不明であるとしてこの要求を拒否した。このため英国は薩摩藩に報復すべく軍艦を薩摩湾に派遣、暴風雨の中、英国艦隊と薩摩の陸上砲台の間で激しい砲撃戦が展開された。 こうして「生麦事件」は「薩英戦争」へと発展していくことになった。
 この戦闘以後、薩英はお互いの評価を改め親密感が生まれた。英国公使は、幕府に変わって薩摩などの雄藩が連合政権を作ることを期待し、薩摩や長州を応援するようになる。

【生ハム事件】
平成16年6月某日(2004年6月某日)
坂元棚田オーナー倶楽部の重鎮、川口夫人がいつもの思い付きで宮崎県宮崎市(旧日向の国宮崎村)の自宅で大胆にも「生ハム」を作ることを固く決心した。
夫人のこの行為を「無謀」だと非難する家族に対し、万事「楽観主義」を貫き通す夫人は、「大丈夫、大丈夫。心配ご無用!」などと何の根拠もなく言い放ち、家族の要望を気にもとめなかった。
 事件を知った家族全員はあわてふためき、すぐさま中止すべきだと騒ぎ立てたが、〝酒谷地区散策探検隊副隊長兼・さらにものしり博士の川口さん〟が交渉役を引き受け、問題の解決を図ることになった。
 夫婦間の事件処理に関する交渉は即日にもたれ、家族側の主張は、過去のさまざまな出来事に基づく身体的、精神的安全の保障を強く求めたが、元来「楽観主義」を貫く夫人は聞く耳を持たず、交渉は難航をきわめた。
この結果、家族は事件を穏便に解決するため「生ハム作り」は認めるが、安全の保障が得られないとして「食べることは断固拒否!」した。このため製作責任者の川口夫人がその全部の「生ハム」を一人で食べることとなったがそのことに対し誰も同情しなかった。こうして「生ハム事件」は「家族戦争」へと発展することもなく無事終焉した。
 この後、「生ハム」を一人で全部平らげた川口夫人は、「健康に何の問題もない」と胸を張ったが、そのことが安全の参考にならないことは誰もが知っている。

オーナー畑だより
11月21日(日)午前10時から「定期石垣清掃」がおこなわれました。
当日は、絶好の〝石垣清掃日和〟に恵まれ、恒吉会長をはじめ稲田、石橋、湯前各ご夫妻、福永、小林の各オーナーと地元から谷口久馬さん、日高会長、石灘さん、古沢さんご夫妻が加勢して下さり「オーナー畑2」の整地とタマネギの苗の植え付け作業が行われた。
例によって、久馬サン所有のトラクターを福永さんが運転し〝怒涛の寄り身〟を見せたが想像以上の〝石ころ〟の多さに難渋。「石拾い部隊」の奮闘で事なきを得、「一見キレイな畝」が見事に完成した。

「オーナー畑2」では、ダイコン、こまつな、キャベツ、たかな、ネギ、いちご、タマネギ、そらまめ、エンドウマメ、はつか大根
等が植え付けられています。これだけ植え付けてもまだ半分ぐらいの空きがあります。植え付けと収穫は早いもの勝ちです!。適当な時期に来て収穫し、ついでに周囲の草取りもお願いします。

「オーナー畑1」の蕎麦は、種まき時の大雨とその後の大型台風3連発の襲来で壊滅状態です。残念!。
昼食後開かれた「オーナー会議」は、市役所・安部さん、野辺さん、谷口由記子さんも加わり、活発な意見交換がなされ、次年度は「石垣積み」の完成と「炭焼き窯」の製作。「オーナー畑3」の整地をすることが決められた。
 私たちが参加している「棚田オーナー制度」も3年を経過し、充実すると同時に問題点もいくつか見えてきています。それらを早期に解決するには、「市役所担当者」、「地元農家」、「オーナー」が同じテーブルで意見交換する必要があるのではとないかと感じています。〝棚田サミット〟に向けて、何が必要なのか考えてみたいと思っています。
 
忘年会のお知らせ
12月5日(日)の「収穫祭」のあと、午後4時ごろから「日高茂信・憩いの民家」で「オーナー倶楽部忘年会」を開催します。
参加希望者は、「道の駅・野辺さん」まで連絡してください。

※拙者、先日「男前になろう」と散髪に行き、髭を剃って貰ったが、ついでに鼻の頭も剃られ〝顔面血だらけ〟になってしまった。切腹!。
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by tnd8585 | 2005-12-21 14:52 | 棚田つうしん | Trackback | Comments(0)

棚田つうしん 第14号 2004(平成16年).10.10号  

棚田つうしん
2004.10.10号

「第3回 坂元棚田オーナー倶楽部・大稲刈り大会」

「第3回 坂元棚田オーナー倶楽部・大稲刈り大会」は、10月10日(日)午前8時30分より開催された。
快晴、微風の〝絶好の稲刈り日和〟に恵まれ、約70人の善男善女が鎌を片手に〝少し軽めの実りの秋〟を満喫した。


 都城から日南に向かう早朝の「曲がりくねった飫肥街道」は、カーブごとに逆光の連続で、〝爽やかな秋晴れ〟を予感させつつもドライバーにはすこぶる都合が悪い。そんな悪戦苦闘の中、いつになく受付開始時間より少し早めに到着したが、もうすでに多くの方が集合していてそのやる気は満々で「出走前の競走馬」のような荒い鼻息が聞こえてきそうだった。



日南市役所・安部さんの〝ハイテンションの作業説明〟。日高茂信グリーンツーリズム会長の〝滑らかな挨拶〟の後、満を持しての作業開始となった。〝異常に張り切る、愛犬コタロウにソックリな福永さん〟を筆頭に、いつもお元気な〝タフネス・恒吉会長〟。また「楠の会」からも10人もの多くの参加者が熱心に作業に取り組んでくださるなど「体力と経済力に不安のある私」以外の参加者が、それぞれの得意分野でその能力を惜しみなく発揮し、「ドシャ降りだった去年とは大違いだ。」「台風の影響なのか、今年の稲は軽い。」「汗をかいた後の秋風が気持ちいい。」などと、感想を述べ合いながら作業はドンドンはかどり、〝オーナー田圃〟でのすべての作業は午前中で完了した。


「坂元棚田」とひと括りで言ってしまいますが、かなり多くの耕作面積をお持ちの農家から、老夫婦お二人で頑張っておられる農家まで其の事情は様々で、田圃一枚一枚にそれぞれの個性が現れています。
「作柄より人柄」そんなことを感じながら昼食の時間となった。


 ひとしきりかいた汗を涼やかな風が乾かしてくれる中、どう云う訳か今回は裏方の炊事班担当だった「かしまし組」の尾崎さん、福永夫人の汗と涙の結晶の力作〝何か分からないけど煮物〟が振る舞われ、同じ組所属の谷口さん、川口夫人の不参加のハンデにも拘らず、それまで萱嶋さん、上平夫人などの「おとなし組」中心に穏やかだった場は一気にヒートアップ。大笑いする声があちこちから聞こえ、賑やかな昼食会となった。昼食後は、地元農家の手伝いや「田圃・日高」の加勢をし、そんな作業はカラスが「いい加減に帰れ!」と鳴くまで続いた。

 今年は、「棚田サミット」への参加など貴重な経験をさせてもらいましたが、大型台風の相次ぐ襲来などあまり嬉しくない体験もし、改めて
農業の難しさを教えられた1年でした。
 棚田の米作りをやめると、畔がなくなり石垣が崩壊します。そして水が溜まらなくなり、水田はその機能を失ってしまいます。ススキは2年目で生え出し、あとは先を競うように種々雑多な雑草が田圃を覆ってしまいます。
サミットが開催されることとは別に、地元農家の方々との関わり方などを含め、もう一度「坂元棚田」を考えてみたいと思っています。

それにしても、いくら大型台風の直撃の連続とはいえ各地での甚大な被害は異常な気がする。政治的なことはさておき、私には「山が怒っている」としか思えない。

 朝の連続ドラマ「わかば」が放映されるようになってから、「坂元棚田」を訪れる人がナンジャコリャと思うほど激増した。
本当にテレビの影響力はすごいものだと再認識させられる。
平日でも、多くの〝アマチュア・カメラマン〟が「棚田撮影」に来られますが、土・日曜日ともなると〝若いカップル〟〝子供づれのファミリー〟〝ジジ・ババ軍団〟などがひっきりなしに「棚田見物」に訪れ、「坂元棚田というのはここですか?」などと上品に聞いてくる。すっかり地元農家になりきった私は、その都度「石垣清掃」の手を止め、〝これ以上ないつくり笑顔〟で「臨時棚田案内人」にすばやく変身する。


〝大阪人の私〟が、地元の日南市民に「坂元棚田の説明」をしていたりすることもあって、苦笑してしまうのである。全般的には宮崎市からこられる方が多いのですが、福岡・長崎などの遠方から来られた方もいたりして「観光地ではないのですけれど……。」などと〝流暢な関西弁〟を話す私を怪しみながらも〝斜め35度の角度〟を保ちながら笑顔で聞いてくれる。そんな訳で、私の〝石垣清掃〟はいっこうに捗らないのである。
                                
 10月17日(日)に行われた「オーナー田圃・久馬」の〝稲扱ぎ〟に福永夫妻と参加し、手際よい久馬さんの指導で作業ははかどり、アッという間に午前中で終了。一汗かいた私は、うず高く積まれた稲藁に寝転がり全身に「藁いきれ」を浴びながら、真っ青な空にゆるやかに流れる薄い雲を眺めていると、遠い遠い昔まだ小学生だったころ経験した同じ感動が蘇り、ブルブルと武者震いした。
昼食は、久馬夫人の心のこもった手作りのご馳走がたくさん並び「自宅庭先で小宴会」となった。
またひとつ新しい農作業の体験と、久馬さんの経験談を聞くことができ嬉しかった。

オーナー畑だより
この夏、ゴーヤや茄子、ピーマンなど数多くの実りをもたらしてくれた「オーナー畑2」は、恒吉会長を中心に、日高・古沢両氏の加勢を得て奇麗に生まれ変わりました。古沢さんからダイコンの種とハクサイの苗をいただき、また山村ハルちゃんからネギの種をいただいて植え付けてあります。
11月にはタマネギ・えんどう豆の植えつけを予定しています。畑にはタップリ余裕がありますので何かリクエストがあれば教えて下さい。
「オーナー畑1」の蕎麦は、台風・豪雨の影響をモロニ受け、大した収穫は見込めないそうです。残念!(ギター侍風に)




「定期石垣清掃・オーナー会議」のお知らせ
11月の「オーナー会議」は諸般の事情で21日(日)の開催となります。
午前10時~12時まで石垣清掃、畑の草取り作業を行います。
午後1時から2時間の予定でオーナー会議を行います。
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by tnd8585 | 2005-12-21 14:47 | 棚田つうしん | Trackback | Comments(0)

棚田つうしん 第13号 2004(平成16年).9.3・4号  

棚田つうしん
2004.9.3・4 サミット特集号
 
第10回 全国棚田(千枚田)サミット
      9月3日(金)・4日(土)、佐賀県相知町(蕨野棚田)で「全国棚田(千枚田)サミット」が
〝日本の「農」と「食」を見直そう!棚田からの提案〟をテーマとして開催された。
     全国各地から約700人が参加し、これまでのサミットでの諸活動を振り返るとともに、
     今後の活動についてその方向性を話し合った。

 各分科会は  
① 棚田サミットの10年 ~サミットの軌跡と展望~                                      
② 棚田米の販売戦略を考える
③ 棚田での資源循環型農業とフィールド教育
④ 棚田の景観 ~石積みの美・土坡の美~
⑤ 棚田発・農業観の転換
をテーマに、各パネリストを中心に参加者全体の活発な意見交換がなされた。  
 また、大会初日には「第12回全国棚田サミット」が、〝日南市・坂元棚田〟で開催されることが、正式決定された。


 いま評判の、トラック・バスのリコールでお馴染みの〝三菱・ふそう社製の飫肥レンタカーマイクロバス〟は「15人のサミット参加者」を乗せ、その限界に挑戦するかのように〝驚異的な韋駄天振り〟を発揮し、いつも通りに陽気に騒いでいる〝O崎、K口、T口〟の「かしまし元娘」以外の人達の〝若干の不安〟をよそに、涼しい顔でハンドルを握っているのは、赤/白ボーダーのマンシングポロシャツを着た〝すっかりオシャレな日高茂信ツーリズム会長〟だ。「ファイアーマンでもある日高会長」は、「徳之島の闘牛」より〝赤い色に闘志が湧く〟らしく、予定の時間をはるかに上回るハイペースで突き進み、やむなく「吉野ヶ里遺跡」に寄り道した。


〝悠久の弥生時代のロマンの風〟など一切感じることもなく、ひたすら工事車両ばかりが目に付くことにブツブツ文句を言いながら、サッサと退散し、「道の駅・厳木」で昼食を摂った。
各々が、うどん、そば、ラーメン、おにぎりなど無難なメニューを注文する中、谷口さんは「早くくるから」という理由でカレーライスを注文したが、一番後回しにされ、ブツブツ言いながら誰よりも早く完食し〝面目〟を保った。そんな谷口さんを尻目にサッサと食べ終えた尾崎さんは、立ち上がるときにテーブルに手を着くつもりが、食器の入ったお盆に手をついてしまい、〝ガラガラガシャーン〟と派手にひっくり返してしまい衆目の注視を一心に浴びたが、そこは「ミラクルパワーの尾崎さん」食器は一枚も割れることなく、恒吉会長の靴に水が少しかかるという被害を最小限にとどめた。そんな、平謝りに謝っている尾崎さんを尻目に、川口夫人は誰のためなのか、両手いっぱいに〝おみやげ〟をかかえ、ニコニコ笑っていた。「恐るべし・かしまし元娘パワー」
である。
 「道の駅・厳木」は、クルクル回る〝白い作用姫の立像〟と、スタッフの心のこもった接客態度が爽やかで印象的でした。
そんな〝テンヤ・ワンヤ〟の道中でしたが、サミットのメイン会場に〝ドウニカ・コウニカ〟無事到着できた私達は、会場入り口で日南市役所・安部さんから、入場整理券と首からぶら下げるネームプレートを渡され「よそ行きの顔」で入り口に向かったが「恒吉会長」が行方不明なのに気づき、大慌てで探し回ったが見つけられず、やむなく入場しようとした時会場の中から恒吉会長が「ちょっとトイレに言ってくるわ」と言いながら出てこられた。〝アラマ・と思っている私〟を気にする様子もなく飄々と歩いていかれる後姿を見ながら〝ホッ〟とした。
それにしても、入り口を「顔パス」で済ませる貫禄はサスガなのである。

 午後1時から〝サミット開会式〟が行われ、「主催者の挨拶」、「偉い人々のお話」の後、古川康佐賀県知事の〝棚田保全・活用」をテーマにした、特別講演が行われた。若き知事の棚田に対する思いを簡潔に熱く語られる見事な講演でした。  
      
 午後3時から行われた〝蕨野棚田ミニウォーク〟では、大型バス14台に分乗した参加者達が「実り多い壮大な蕨野棚田」を満喫した。

 八幡岳の中腹に拓かれた蕨野の棚田は、「大平」「石盛」「南川原」「下ノ木場」「九郎谷」の五つの谷から成り、「三反の田」と呼ばれる田の石積みは8,5mもあり、日本で最も高い棚田の石垣である。また、草刈用の足場となるよう放面の石を突出させたり、用排水のための暗渠などさまざまな工夫がなされていて、先人の苦労が偲ばれる。棚田における石積み作業は、「手間講」と呼ばれる共同作業で行われ、ほぼ全ての農家が参加していた。



蕨野棚田の規模は耕作面積・45.4ha。枚数・1050枚。農家戸数51戸。収穫量・40t(平均)の日本有数の大規模な棚田である。

午後6時30分から社会体育館で開催された〝全体交流会〟で「15人のサミット参加者」は、〝遠慮〟という言葉とは〝七代前の先祖がキッパリと縁を切った〟ような強引さで丸テーブルを乗っ取り、それまで出番のなかった〝かしまし元娘〟はそれぞれの得意技をいかんなく発揮、尾崎さんは各屋台から全てのメニューを次々と獲得し、それを谷口さんがお腹の中に片付けていた。誰よりも社交的な「川口夫人」は、各テーブルを訪れては一面識もない方々に〝自爆テロ〟を仕掛け、おとなしく〝ゴマ豆腐〟を食べている私に「棚田学会に入りましょう」などと、のたまい「学会アレルギー」のあるイタイケな私を見て理由もなく大笑いしていた。その後開かれた「交流会二次会」では、〝ビデオの伊豆さん〟が「隠し技」の〝南京玉すだれ〟を披露し、ヤンヤの喝采を浴びた。また、坂元の地元農家から参加されていた〝若手の石灘さん〟も美声と歌唱力で会場を魅了した。
とにもかくにも、「小さな小さな坂元棚田」から参加した私達はケッコウ目立っていた。 「間違いない!」

 9月4日(土)に開催された各分科会では、棚田の保全に向けテーマごとに活発な意見交換がなされた。
私が参加した「棚田サミットの10年~軌跡と展望~」では、早大中島名誉教授がプロジェクターを使ってわかりやすく説明して下さり、頭の回転がゆっくりな私にでも十分理解できた。
また、各パネラーの経験談も大変参考になり、あらためて「勉強不足」を痛感させられた。
棚田を取りまく状況は極めて厳しく、早急な対策が求められるが個々の取り組みでは限界があります。もっともっと各地の取り組みを学び、活動の幅を広げたいと考えています。
 上平さん、「かしまし元娘」が参加した会場で何があったのか定かではないが、三人組は元より日ごろ「物静かな上平夫人」までもが異常に興奮し、懸命に話していたが何のことかサッパリわからず、「私達は勉強してきましたヨ!」という、充実感及び満足感だけはビンビン伝わってきました。今度落ち着いたらゆっくり聞かせてください。


帰路に、小城町の〝江里山棚田〟に寄ったがあまり「エッヘンな棚田」ではなかった気がした。

★10月の予定は、日南市役所から知らせて貰います。
        
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by tnd8585 | 2005-12-21 14:32 | 棚田つうしん | Trackback(1) | Comments(0)

棚田つうしん 第12号 2004(平成16年).8.22号  

棚田つうしん
2004.8.22号
 
「坂元棚田・石垣大清掃大会」は、8月22日(日)・午前8時より、地元農家・オーナー・ボランティアなど約40人が参加し、石垣清掃や田んぼや畑の雑草とりに汗を流した。今回は、いつにも増して参加者が少なかったが、そこは少数精鋭で乗り切り、美しい棚田がきれいによみがえりました。


 仕事終わりのそのままの足で酒谷に向かい、作業開始一時間遅れで棚田に着いた。市役所上野さんの案内で受付を済ませ、周囲を見回すが人が居ない。名簿順が12番目だったので、参加者がかなり少ないことは想像できたが、少々とまどった。

急いで「上の田圃」に向かうと、恒吉会長、稲田さん、野田さんなどの見慣れた方々や福永さん、湯前さんらの新しいメンバーの皆さんや、毎度お馴染みの〝ウルトラパワーのハルちゃん〟が稲作の天敵「稗」取り作業に精を出していた。どう言う訳か、一枚の田に集中して「稗」の大豊作らしく、〝ウルトラパワーのハルちゃん〟が、ブツブツ言いながら〝マッハのスピード〟で「天敵」を引っこ抜いていた。そんな中でも「稲達」は見事に成長し、イノシシの害さえなければ今年も豊作となりそうです。
 石垣は、福永さん達が遊びに来られた時々に草取りをしてくれたお陰で、例年よりも綺麗な状態だったので助かった。

 下の「すいか畑」では、古沢家光さん御夫妻と谷口久馬さんがスイカとサツマイモの収穫を終え、「蕎麦の種蒔き」のための草刈作業をしてくれていた。

お三人さんとの挨拶もそこそこに、気になっていた上の「ゴーヤ畑」に向かうと、案の定台風の影響でゴーヤのネットが倒されていたが、もう存分の収穫をもたらせてくれていたので、「お役御免」とさせてもらった。それにしても、長い間耕作放棄していたにも拘らず、ゴーヤもナスも大豊作で見事な収穫をもたらせてくれました。そして、無農薬栽培を実行したので「虫」と「雑草」も作物に〝負けず劣らず〟の大発生で、上平さんご夫妻と私達はその日頃の不摂生からくる〝経済力と体力のなさ〟を露呈し、
早々と「白旗」を掲げ、昼食会場に足を運んだ。

 「恒例のソーメン流し」は、紆余曲折はあったものの、相変わらず大人気で、参加者の疲れた体に新しいエネルギーをもたらせてくれた。
 内緒の話ですが、金沢さんは「結構ソーメン流し」が好き!。だということが判明した。判明したで思い出したが、前月号で紹介した〝ケッコウそそっかしい石橋さん〟は、今回は無事参加されていましたので報告しておきます。石橋さんの奥さんから「バラシタナ~!」などと怒られましたが、無視しました。

 寝不足で満腹になり、火照った体を癒す爽やかな風に追い討ちをかけられ、強烈な睡魔に襲われ、このまま少し眠りたいと思ったがそうもいかず、
たくさんの「お土産」をもらって帰路についた。

元来が小柄な〝ウルトラパワーのハルちゃん〟の背中が少し小さくなったような気がした。

また、ガンバローと思った。


「定例オーナー会議」のお知らせ
9月度の「オーナー会議」は18日(土) 午後1時より 「日高茂信・憩いの民家」で開催します。
役員以外の方でも、都合のつく方、意見・要望のある方は是非参加してください。

★当日は、午前10時~12時まで 「石垣清掃」を行います。
石垣保全のため、時間の都合がつく方はできるだけ参加してください。
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by tnd8585 | 2005-12-21 13:59 | 棚田つうしん | Trackback | Comments(0)

棚田つうしん 第11号 2004(平成16年).7.18号  

棚田つうしん
2004.7.18号

 飫肥街道の頂上にある〝新上熊トンネル〟を抜けると、にわかに雨が降り出した。
気象庁の「梅雨入り宣言!」を、あざ笑うかのような〝好天続きの空梅雨〟にもかかわらず、「オーナー倶楽部のイベントといえば雨」の、お約束を律儀に守り続ける「酒谷の空模様」に少々呆れながら急坂を下っていくと「道の駅・酒谷」に着くころには雨はすっかり上がり、その名残の黒い雲の切れ間から強い日差しが差し込んでいた。


少しの所要を済ませ「坂元棚田」に上がると、もうすでに多くの参加者が田圃周辺の草刈に精を出していた。挨拶もそこそこにその場は皆さんに任せておき、雑草が気になっていた「オーナー畑」に向かった。〝カンカンの日照りと無農薬栽培〟の影響で、雑草達は元気に育ち、〝ひ弱なナス〟は肌荒れを起こし、その葉は虫達のエサとなり変わり果てた姿となっていた。そんな〝気の毒な状態のナス達〟を復活させようと〝固く決心した私〟は剪定ハサミを取り出し作業にかかったころ、恒吉会長、尾崎さんが来られた。さらに、金沢さん、萱嶋さんも加勢してくれ、「オーナー畑」は「臨時井戸端会議場」となった。

一人で元気なく草取り作業をしていた家人も、俄然その勢いを取り戻し、「マシンガン・トーク」が炸裂していた。一枚一枚〝ナス〟に語りかけながら剪定していた〝心の優しい私〟を尻目に、O崎さんは〝雑草たちの言い分〟など聞く耳を持たない〝マッハのスピード〟でエンヤコラと引き抜いていた。尾崎さんが居るところにはいつも笑い声が絶えない。

人に元気を与えるパワーは、こんな悪条件の気候でも〝豊作のゴーヤ〟のパワーに似ていると思った。
 稲田さんご夫妻は、熊本からお孫さんが遊びにくるとのことで、作業開始二時間前から来られていて、汗ビッショリになりながら頑張ってくれ、「かんぽの湯」に入って帰られました。
さらに、K沢さんの密告によると石橋さんご夫妻は、日にちを間違われ前日に来られたそうです。
いつも沈着冷静な石橋さんもケッコウそそっかしいところもあるということが判明しました。

参加者の体力と「熱中症」を危惧し、予定を繰り上げ早々と「日高茂信・憩いの民家」で昼食となった。

昼食後は、「わたしら怪しい探検隊」が結成され、日高さんのガイドで〝酒谷集落の探索〟が行われた。
まず最初に「都城島津氏との合戦」で、伊藤氏の武将として戦功のあった〝山田匡得の祠〟を案内されたが、都城から参加している私としては複雑な心境であった。

それから、個人的に以前から興味のあった「酒谷城址」に向かったが、急な登りの野道で先頭から二台目の〝谷口由記子さんの車〟が停車したので、イノシシとでも遭遇したのかと心配したが、同乗していたO崎さん等が降りて歩き出したので理由を聞いてみると、谷口さんの車は〝前輪駆動車〟なので、急坂の登りと、後部座席に乗っていたO崎さんの影響で駆動しなくなったのが原因の総てだということで、どうやらイノシシは後部座席に居たらしい。

「オーナー会議」は、〝適度な疲労感と緑を通った爽やかな風〟のせいで〝睡魔との闘い〟のなかで行われた。日高さんが「ナントカ、カントカ」言い、恒吉会長も「アレヤ、コレヤ」と話されていましたが、その内容についてはあまり覚えていません。
9月に〝だいこん畑〟を作り、その収穫後に「たくあんづくり教室」が開かれます。
また、空いている耕作地で「ブルー・ベリーを作ってはどうか」との案も出されました。
「ゴーヤは大豊作」です。
ゴーヤ好きの方はいつでも収穫できます。
「すいか」も、かなりの収穫を見込めそうですが、収穫時期が難しいそうです。



「交流会」は、バーベキュー形式で行われ、日高さん、野辺さん、農政課のアベさんの大活躍で〝焼けるものなら何でも焼く〟の「基本理念」で、〝宮崎牛・黒豚・地鶏・イカ・なす・キャベツ・とうもろこし〟などが「体脂肪および血糖値」など、日頃の不安をスッカリ忘れた参加者の胃袋に、次々と収まっていった。何もかもが美味しいものばかりでしたが、そんな中でも〝カマドで炊いたオコゲのおにぎり〟は「懐かしい」というスパイスが程よく効いていて絶品でした。
「自分達で作った作物を、自分達で料理して食べる。」本物の贅沢な一日を過ごす事ができました。


〝少しお疲れモードだった恒吉会長〟も童心に帰って〝花火〟を楽しんでおられたので安心した。
〝満天に光り輝く星達〟が坂元地区に集う私達の宴を優しく見守ってくれていた。


石垣清掃について
平成16年8月22日(日) 午前8時~
恒例の「石垣清掃大会」が行われます。
大変キツイ作業ですが、大勢参加してして下さいます様お願い致します。
都合の良い時間に参加してください。
昼食は、各自で準備してください。
手作りソーメン流しがあります。
全国棚田「千枚田」サミットについて
平成16年9月3日(金)・4日(土) 
佐賀県相知町蕨野棚田で開催されるサミットに約20名が参加します。
★8月のオーナー会議は石垣清掃作業終了後、「日高茂信民家」で開催します。 
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by tnd8585 | 2005-12-21 13:53 | 棚田つうしん | Trackback | Comments(0)

棚田つうしん 第10号 2004(平成16年).6.13号  

棚田つうしん
2004.6.13号


「第3回 坂元棚田オーナー倶楽部・大田植え大会」

 今年で三回目を迎えた〝オーナー田植え〟は、6月13日(日)の梅雨が〝ズル休み〟をしている間のスカッ晴れの下、約60人が参加して行われました。すべての行事が雨に祟られた昨年とは大違いで、いつにない「晴天」に少々戸惑いながらも〝善男善女〟がそれぞれの思いを込めて「大胆かつ個性的な田植え」を満喫した。

メンバーの中では、〝すっかりベテランとなっていた私〟は余裕のポーズで参加者の奮闘を眺めていたが、そんな私に〝異常に張り切っている谷口由記子さん〟が「ボ~ッとしてないでそこの苗をこっちに投げてヨ!」との命令的依頼。今日は尾崎さんが参加されていなかったので〝すっかり油断していた私〟は慌てて投げたが、今度は「投げ方が悪い!」と言って叱られた。
又一人〝ヘビー級の強敵が〟増えた。
 宮崎市からボランティアで参加されていた黒木さんの友人で米国人留学生、トム・ヤン君は、私より〝流暢な日本語〟を話し、新聞社・テレビ局などの取材を一手に引き受け、一躍〝スター〟となった。
「中年オヤジの熱い思いもキチンと伝えてくれよナ!」などとブツブツ言いながらも、メディアに関心をもって取り上げてもらえることは、「坂元棚田」にとって喜ばしいことだと納得。そんなことを考えている内に〝田植え〟は無事終了していた。

▲写真の方々は、別に誰かに注意されているのではなく、古沢さんの挨拶を神妙に聞ているだけです。

 困ったことに、〝何もしていなくても腹は減るもの〟で、其処の所だけ抜かりのない私は、家人の作ってくれた〝愛情タップリ弁当〟を早々と完食した。普段は、何やかやと文句ばかり言っている家人の料理も、心地よい疲労感と爽やかな風と大勢の人の笑い声というスパイスが加わり、とても美味かった。

 昼食後は、「日本一ピンクのオックスフォードシャツと地下足袋の似合う公務員・日高茂信会長」の、いつもながらの熱のこもった感謝の言葉が少し長めに述べられ、参加者の自己紹介となった。
かしこまった挨拶がからっきし苦手な私は、肩で息をしながらシドロモドロになりながらもその重責を果たしホットした。
「楠の会」の皆さんが、一口で多人数で参加していて恐縮しています。との感想を述べられましたが「冗談ではない。オーナー倶楽部にそんなケチことを思っている人は一人もいません。
断言できます。」この恒吉オーナー倶楽部会長の笑顔を見てください。すべて受け容れてくれています。私は、この顔に逢いたくて毎回参加しているのかも知れません。

私はよく〝石垣の草取り〟にきます。奇麗な石垣を守りたいという気持ちと同時に、草を取りながら「里の秋」だの「赤とんぼ」などの童謡を大声で歌います。〝変な人〟なのかも知れませんが、そうすることで「心の凝り」がキレイに取れます。
「楠の会」の皆さんの取り組みに、何の力にもなれず申し訳ない思いですが、せめて同じ場所で、同じ時間を、同じ気持ちで共有できたらと願っています。これからも宜しくお願いします。


本年度は、それぞれの事由で五組のオーナーが入れ替わりました。
これからも案内はできるだけ送付しますので
参加できる行事がありましたら是非遊びに来てください。心よりお待ちしております。

「日高茂信・憩いの民家」満を持して堂々完成!
 先月号でお知らせした、「憩いの民家」が紆余曲折の末、遂に完成致しました。
〝真新しい黒く光る屋根瓦〟の古風な外観と〝ウォシュレット付トイレ〟及び〝シャワー付五右衛門風呂〟など、利用しやすい設備には、日高さんの熱い思いが溢れています。
また、懸念されていた「障子・襖」及び「畳」も無事取り付けられました。
尚、宿泊を希望される方は、諸般の事情により、「食事、寝具」は各自で持参となります。


平成16年度 オーナー会議総会・交流親睦会のお知らせ
 本年度は、5組のオーナーが入れ替わりました。もうすでに、「田植え」時に自己紹介されましたが、さらに相互理解を深めるために「オーナー会議総会・交流親睦会」を開催致します。
 私たちに取り組みに対する、皆様方のご意見・ご要望をお聞かせ下さい。

*と き  : 7月18日(日)  10:00~
*集合場所 : 「憩いの民家」(坂元公民館隣)
*参加費  : 4,000(一人)親睦会の飲食代。親睦会に参加されない方は不要です。

★タイム・スケジュール
 10:00~13:00  石垣清掃、オーナー畑の草取り。(都合のよい時間に来てください。)

 13:00~14:00  昼食(各自持参)
         「憩いの民家」にはシャワーの設備がありますが、お湯が出るかは未確認。

 14:00~17:00  酒谷、飫肥地区周辺散策。

 17:00~18:00  オーナー会議総会。(憩いの民家)

 18:00~21:00  交流親睦会。(憩いの民家)
         宿泊を希望される方は、寝具を持参してください。
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by tnd8585 | 2005-12-21 13:45 | 棚田つうしん | Trackback | Comments(0)

棚田つうしん 第9号 2004(平成16年).5.16号  

棚田つうしん
2004.5.16号

 今年で7回目となる、恒例の「せせらぎの里酒谷・オカリナ演奏会」は5月16日(日)に酒谷コミュニチィーセンターで開催された。
生憎の雨天にも拘らず、演奏会を待ちわびていた約230人のファンが足を運び、緑に囲まれた山あいの会場に響き渡る澄んだ音色に聞き入った。
 出演されたのは、埼玉県さいたま市の「オカリナアートJOY」で、豊富なレパートリーの約一時間半の演奏を参加者は堪能し、最後はアンコールが出るほど盛り上がった。
演奏会を楽しみにしていた〝オカリナ好きな私〟は、残念ながら当日は「大阪に島流しの刑」となってしまい、せっかくのチャンスを逃してしまった。そんな私は彼の地で〝悔し涙〟にくれた。

 いま、巷では〝おやじ・バンド〟ブームだそうである。
40代、50代のおやじ達が「昔とった杵柄」で、憧れだった〝フェンダー〟や〝ギブソン〟のギターを手に持ち「青春デンデケデケデケ」と頑張っているのだ。
私もそんなことをしていた一人として、羨ましいかぎりである。

 初めてギターを手にしたのは「中学三年生」のときだった。
それまでは、ナベに輪ゴムを張ったものだったり、一歩進んでベニヤ板に釘を打ち付けてゴムの伸びを調整するという、実にすごい〝アイディア・ギター〟なる代物で「人気バンド」の真似をしていた。
そして、それらを振り回しながら怒鳴りまくっている「息子の私」を見て、さすがに両親も〝不憫〟に思ったのか、どこからか知らないが「古賀政男が湯の町エレジーを弾くときに使うような」中古のガットギターを買ってくれた。
〝ナイロン弦〟を〝スチール弦〟に張り替えることもなく、「C」と「Am」と「Em」の三つのコードを覚えた私は、当然のようにすぐに〝バンド〟を結成した。
〝バンド〟と言っても、「友人のタカオ」はギターが弾けないので、「ボーカル一人」に「ギター一人」という実にシンプルで斬新な構成であった。
 中学生だった私たちは、校則により「丸坊主」だった。
「ボーカルのタカオ」は、振り乱すべき髪の毛が無いものだから、「坊主頭」をクルクル回転させながら歌いまくり、「ギターの私」は腕を風車のように振り回しながら「C」と「Am」と「Em」だけを弾きまくるという、いま考えれば「おサルの顔より赤面するようなバンド」だった。
しかし、当時の私たちは一曲終わるごとに
「カッコええな!」
「バッチシやな!」
などとうなずき合うのだった。
「コケの一念」というのは恐ろしいもので、そうこうしているうちにメンバーが二人増え、もうその頃には「F」コードも弾けるようになっていた私はみんなの尊敬を一身に受け、〝リーダー〟になった。
そして、素早くリーダーシップを発揮し、流行の〝テープレコーダーに録音するという暴挙〟を提案し、
「カッコええナ!」
「たまらんナ!」
などと言い合いながら〝ソニーのオープンリール〟に録音をした。
さて、録音したのはいいが、およそ「向上心」、「忍耐力」および「協調性」などといった類のものの〝カケラ〟もなかった私たちは、テープレコーダーの再生スイッチを押してド胆を抜かれた。「とてもこの世のものとは思えない異様な音」に全員〝脳細胞が爆発して、目玉が飛び出るぐらい〟ビックリ仰天!。一同〝右へならえ〟状態で固まってしまった。
 そんなことがあってからは、誰も二度と〝バンド〟の話はしなくなった。
いま、もしそのテープがあって聞かされたら、私は迷わずもう一度〝頭を丸め〟世をはかなんで「出家」するに違いない。

オーナー畑だより
 昨年、そばを蒔いた駐車場横と石垣積み教室が行われた棚田入り口右側に「オーナー畑」が日高会長、古沢家光さんの尽力で出来ました。棚田に遊びに来られた時には、除草等の作業をお願いします。

昨年の収穫祭の時に種まきをした「えんどう」は、多くの実をつけ、美味しくいただきました。
「すいか」は敷草が置いてありますのでツルの下に敷いて下さい。
「スイートコーン」、「ナス」は、そば等の除草が必要ですのでお願いします。
「サツマイモ」はツルが来次第植え付けします。
収穫は、7月下旬頃。早い者勝ち!です。

「日高茂信・憩いの民家」完成間近!
昨年来より、日高会長が取り組んでおられた「憩いの民家」が、多くの難問を抱えつつも〝タウンみやざき〟の協力をえながら、いよいよ六月下旬に完成となります。
日頃、様々な不満を抱える「亭主族」の〝駆け込み寺〟として待望されています。
尚、都合により「障子・襖」及び「風呂釜」の取り付けは、日高会長の〝夏季賞与〟の結果次第となっています。

 先に、「日南市役所・農政課・農政企画係」より案内のあった
〝第3回坂元棚田オーナー大田植え大会〟は、「豪雨及び雷雨」以外は実行されます。
ちなみに、過去は二回とも雨天の中で行われています。「雨ガッパ」と「着替え」は必携です。
 田植え終了、昼食後に「坂元棚田オーナー倶楽部・総会」が開催されます。
この取り組みに対する、ご意見、ご希望をお聞かせ下さい。

「第10回全国棚田サミット」は、
9月3日(金)・4日(土)の2日間、
佐賀県相知町、蕨野棚田で開催されます。
参加希望者は、バス、宿泊施設の予約の都合がありますので、お早めにお申し込み下さい。
最終締め切りは7月下旬です。
尚、宿泊費、食費は実費となります。
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by tnd8585 | 2005-12-21 11:29 | 棚田つうしん | Trackback | Comments(0)

棚田つうしん 第8号 2004(平成16年).4.4号  

棚田つうしん
2004.4.4号
第8回 せせらぎの里「坂元棚田まつり」
 私儀、恥ずかしながら、小学生が楽しみにしていた〝修学旅行〟を前に体調を崩すのと同じように前日から熱発があり、〝季節外れの風邪〟かな?と思いつつ早めに床に就き回復を期したが、そんな願い空しく〝エヘン虫〟はけっこう頑固で、「這ってでもいく」と固い決意を述べる私に、冷酷無比な家人は、「他人にうつしたらどうするの!。迷惑ダワヨ。」のキビシイ一言。元来〝聞き分けの良い私〟は涙を堪えつつあえなく断念。と言う訳で、今回の「棚田つうしん」は、市役所農政課のスペシャリストにお願いしました。

 4月4日(日)
 れんげまつりで始まった「坂元棚田まつり」
も今年で8回目。毎年〝菜種梅雨〟の時期に開催されるため、2年続けて雨天中止となっていた。そして、当日早朝も小雨模様。レンゲも菜の花も石垣も寂しそうに濡れている中で、冬眠から目覚めたカエルだけは、嬉しそうに飛び回っていた。そんな風景を尻目に、9時には〝まつりの関係者達〟が、「ワッセ・ワッセ」と掛け声を掛け合うこともなく慌ただしく準備を始めていた。婦人連合は〝お接待用〟の郷土料理を。壮年男子達は、ステージの設営もそこそこに〝お目当てのカッポ酒〟の準備に熱中していた。

 雨の上がった10時10分の花火を合図に〝来賓のエライ方々〟を迎え盛大な開会式が行われた。

 午前中の催し物は、生憎の曇天の下「チビッコ大宝探し大会」や「和太鼓演奏」「棚田音頭踊り」などが行われた。まつりの盛り上がりと共に天候も回復し、お昼過ぎの「清水玲子・歌謡オンステージ」のころには1.000人を超える人々で棚田は満杯。静寂な生活環境に慣れているヘビやカエルもビックリ仰天の〝新記録達成〟となった。


 午後からは、地元酒谷小学校生徒の「子供獅子舞」や潮わらばー会による「エイサー」、酒谷中学生の「ダンス・みかぐら」などが次々と披露され、観衆の拍手と喝采を浴びた。
そして、14時には〝棚田オーナー有志・後援〟による「なせばなる!一発勝負・大演芸大会」が行われた。

〝年期の入った腹話術〟は、巧みな構想力とユニークな語り口調で観客の爆笑を誘い、貫禄を見せつけた。

〝にわか仕込みのあやつり人形〟は、オーナーの尾崎、緒方の名コンビが〝他の追随を許さない圧倒的パワー〟を見せつけ、まんまとそれにつられた「何も知らないイタイケナ観客」が飛び入り参加するなど、会場が大盛り上がりになったのは言うまでもない。

そんなことはさておき、問題はオーナーの上平さんの職場の方の「若くて綺麗な胡弓演奏」なのである。
普段聞きなれない独特の音色を、普段見慣れない(と言うより、まったく無縁)スレンダー美人が奏でるのである。爽やかな風が吹き抜ける穏やかな棚田に「悠久の至福の時が流れた」のは想像に難くない。
こんなまたとないチャンスを体調不良で逃してしまった私は「日本一不幸な棚田好きなオヤジ」なのである。
これからは、上平さんとはもっと仲良くしておこうと思う。
イベントの最後に「伝統の獅子舞」が披露され、〝厄落とし〟のために会場の参加者の頭を噛んで回り、その都度あちこちで歓声があがっていた。

15時には、すべてのイベントが終了し、実行委員長・古沢家光さんが謝辞を述べられ〝おまつり〟は終った。
たくさんの方が参加され、それぞれ思いは違うかも知れませんが「だいじな里山」を実感していただけたものと固く信じています。
地元の熱い思いが、すべての参加者の胸に届くことを願ってやまない。
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by tnd8585 | 2005-12-21 11:23 | 棚田つうしん | Trackback | Comments(0)

棚田つうしん 第7号 2004(平成16年).3.28号  

棚田つうしん
2004.3.28号

16年3月28日(日) 午前8時より
「坂元棚田石垣大清掃大会」が開催されました。
当日は、そのタイトルとはウラハラに、参加者25名の〝コジンマリとしたツツマシイ大会〟となりました。

そんななかで、地元「酒谷中学校有志」の活躍は目を見張るものがあり、地元地区にとって〝明るい未来〟を確信することができました。
引率の先生と生徒達のコミュニケーションのとり方は、何かと問題になっている「教育現場の荒廃」など微塵も感じない愛情あふれる清々しいものでした。
人間のコミュニケーションに果たす自然の役割の大きさを改めて感じさせられました。

 今回は、駐車場奥の二枚(約10アール)を消防署の許可を受けることもなく、〝思いつきの焼畑方式〟で作業が行われた。そんな予想外の展開に〝白いズボン〟で参加していたために真っ黒になってしまった、「相変わらず呑気な私」の戸惑いを尻目に、「谷口久馬現場監督」の指導の下に、これまた「相変わらずヤル気満々の恒吉会長」を筆頭に、ボランティアで参加してくれたオーストラリア帰りの新婚・黒木夫妻などの活躍で作業はドンドンはかどり、二枚の畑が蘇えった。

午前10時の休憩タイムに〝蓬餅〟をいただいた後、棚田右側面の草取りに取り掛かり、そのボリュームに圧倒されながらも果敢に取り組んだが、残念ながら多くの宿題が残った。
参加者の作業スピードについていけない「相変わらずの私」は、〝空き缶・空き瓶回収係〟を任ぜられ、その能力をいかんなく発揮し、面目を保った?。




尾崎さんから、「もっと石垣草取り作業を頑張るように」との願いを込めてプレゼントされた〝石垣草取り専用引っ掛け棒〟はその本来の目的以外に、石垣の穴にはまり込んでいる空き缶を取り出すのにすこぶる便利であることを報告しておきます。
昼食後、オーナー会議が開かれ、今回の取り組みの反省と今後の方向について話し合われました。

4月から、
毎月、第3土曜日 午前10時~12時まで
「定期石垣掃除日」になりました。
石垣保全のため、時間の都合のつく方はできるだけ参加してください。

古沢家光さんが、長い間苦心されてほぼ諦めていた〝レンゲ畑〟が突然満開になりました。
ウスムラサキとミドリの「レンゲのじゅうたん」に黄色の「菜の花」が見事に鮮やかです。
「坂元棚田」は、〝春満開〟です。
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by tnd8585 | 2005-12-21 10:21 | 棚田つうしん | Trackback | Comments(0)

棚田つうしん 第6号 2004(平成16年).2.21号  

棚田つうしん
2004.2.21号


 今回は少しだけ真面目なお話です。

米国で、BSE(牛海綿状脳症)に感染した牛が一頭見つかったことで牛肉輸入が止まり、吉野家をはじめ外食チェーン店から牛丼が消えた。
そして、そのタイミングを見計らったかのように米国官僚が来日し、輸入再開を迫っている。
さらに呆れたことに、日本の酪農家に義務付けられている「全頭検査」を、何の科学的根拠も無い「子牛だから安全だ!」と言い張って検査拒否をしている。相変わらずの傲慢さである。
それでなくても日本の酪農家は、飼料や関連機具などの「生産コスト高」で苦しんでいる。これ以上の格差は到底認められない。圧力に屈することなく農水省には頑張って貰いたい。
また、「鳥インフルエンザ」でタイ、中国産鶏肉の輸入も停止された。
牛肉の3割、鶏肉の2割が手に入らなくなるという異常事態が続いている。
これらのことは、米国〝ニクソン政権時代〟に行われた「大豆の輸出禁止戦略」により日本の豆腐屋が生産中止に追い込まれた苦い経験から「日本の農政」が何も変わっていないことを示している。又、食料の多くを海外に頼っているこの国の危うさを改めて浮き彫りにしている。

いま、日本の食料自給率はカロリー換算で40%、穀物の自給率は30%を切っている。先進国といわれている中では飛びぬけて低い。その原因として、「食生活の変化」を理由にあげる人が以外に多い。本当にそうなのでしょうか?。40年前に96%もあった牛肉の自給率は、貿易の自由化を経ていまは39%まで落ち込んでいる。とりわけこの10年あまりは外食需要に支えられて、安価な輸入牛肉が大きく伸び、中国やタイからは焼き鳥用に串に刺した加工品も輸入されている。〝自動車や家庭電化製品〟に代表される工業製品輸出の貿易黒字解消の為に農産物の自由化を許した「農業政策の大転換」こそが最大の理由であることは明白なのである。
マス・メディアは、その実態を知りながら〝安易な農業過保護〟をいいたて、農家の足腰の弱さ、努力不足を指摘する。保護されているのは、農機具メーカーや農薬、肥料などの関連企業であって、農家が保護されていることはあり得ない。その証拠に、そんなに農家が〝旨みのある仕事〟なら、後継者不足で離農農家がこんなに増えるわけがない。
いま後継者に不安がないのは、「国会議員」と「歌舞伎役者」ぐらいのものだ。

遺伝子組み換え食品、発がん性物質など〝食の安全〟をおびやかすニュースが相次いでいる。「国産品を食べたい」「多少の割高でもいいから安全なものを食べたい」という人が増えてきている。生産者と消費者が〝食糧自給〟の問題を議論するチャンスともいえる。
農家以外、食べ物を自分の手で作る人がほとんどいなくなった。それどころか、料理すら自分でしない生活が普通になってきている。世界一の食糧輸入国であるこの国で、コンビニやデパ地下から「賞味期限切れ」で食べられないまま捨てられる食品が日々大量にでている。

食生活がいまのままでいいのか、考え直すときでもある。


坂元棚田「石垣積み教室」
 石積み技術の継承と、棚田保全を目的とした「石積み教室」が2月11日(建国記念日)午前8時30分より開催された。
体力及び経済力に不安のある私ではありますが、「教室」の主旨から多くの参加者が見込めないのではとの危惧から無謀なチャレンジとなったわけですが、少し遅れて会場に着いて「アララ」のビックリ!。マイハンマー、マイスコップはもとよりマイヘルメットの参加者までいる、やる気満々総勢30名の本格的な〝大セミナー〟となった。


「教室」は、日本一地下足袋の似合う公務員・日高茂信会長の挨拶から始まり、地元農家の「山村宗雄名人」と「谷口久馬師匠」の抜群の指導力と、私以外の参加者の〝熱心な学習意欲〟により休憩・昼食もソコソコに作業はドンドンはかどり、当初は「今日中にはとても無理」だと思われていた石垣修復が、予定時間を少し過ぎた頃にはほぼ完成していた。作業終了後、次回開催を熱望する声や、連絡を望まれる意見が多くよせられ、関心の深さをしめしていた。

 作業能力に疑問のあることが露見してしまっていた私は、昼食後、日高会長から〝焚き火係〟を命じられ、「イモがあれば良いのに」などと前向きな姿勢を見せ、取り敢えず3月にジャガイモを植えようと固く決心した。

 快晴・微風の絶好の「日向ぼっこ日和」に誘われて、一人気楽に遊んでいた私ではありますが、どう云う訳か体中の筋肉及び関節が悲鳴を上げています。
日頃の不摂生の当然の帰結とはいえ、あまりに不甲斐無い自分を恥じ入り、私はいま涙を浮かべながら〝フィットネス・クラブ〟の案内パンフレットとニラメッコしている。
 2月21日(土)午後2時より 「道の駅・酒谷」に於いて〝オーナー会議〟が開催されました。
出席者は オーナー会から 恒吉、石橋、上平、尾崎、谷口、小林。
     ツーリズムから 日高、野辺。
     日南市役所から 中川。の各氏でした。

 日高会長から「平成16年度 坂元棚田オーナー募集」についての概要説明があり、基本的には15年度と同規模とし、オーナー全員が継続を希望されれば新たな募集はしない。欠員が出ればその分だけ新規募集をするとのことで.0す。

 1月に検討課題となっていた「オーナー畑構想」は、そば畑をベースに20アール規模で栽培することになりました。作物については未定ですが、じゃがいも、さつまいも、すいか、かぼちゃ、スイートコーンなどが候補にあがっています。ご意見、ご希望があれば教えてください。
「そば」については、本年度は〝香ばしい椎葉のそば〟を実験的に導入する予定です。

3月28日(日)に行われる「石垣清掃」は、本年度は駐車場周辺を中心に下から上に向かって作業を進める予定です。昨年同様、多数参加してくれることを願っています。

4月4日(日) 「坂元棚田祭り」が開催されます。
詳細は、案内送付してくれます。

5月16日(日) 「道の駅・酒谷」で、恒例の〝オカリナ演奏会〟が開催されます。
懐かしいメロデイーの〝心癒される曲〟が今年も聴くことができます。

8月15日(日) 「酒谷地区・夏まつり」が開催されます。
本年度から、帰省される方の多数の希望により〝お盆〟の開催となります。
谷間に響き渡る〝花火の音〟が堪能できます。


3月度のオーナー会議は、「石垣清掃」終了後、昼食後(午後1時ごろ)に行われます。
現時点では、新しく参加されるオーナー未定のため、内容・場所は当日発表します。
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by tnd8585 | 2005-12-21 10:06 | 棚田つうしん | Trackback | Comments(0)